2011年2月13日日曜日

Old Soul and Sophia 


久しぶりに、オーラソーマのこと。

出会いからは、もうかれこれ5年になり、ボトルを使い始めたのもそれくらい。今はコンサルテーションもほとんどやってなく、アルケミーボトルの主な要因は自分だろうと思うので、そうした変化のあるものの観察をすることがよくあります。

おそらく本人にしかわからないくらいな、微細な変化を受け止めてるんだろう。ということはわかるんですが、やはりそこを色の信号のように教えてくれる彼らは賢く、しかもすごいのは、ときとして、今はまだ起きてない変化=未来予想を暗号化してるときがあって、あとでびっくり。なんてことは珍しくないことだったりします。

中途半端に都会で、田舎?みたいな暮らししかしてないから、知ったかぶるのもどうかと思うけど、もし大自然の中で暮らすとしたら、空や木や花や風が教えてくれるのかもしれない、不思議ななにか。というのと、似てるのかもしれませんが。

で、アルケミーボトルも容易に受け止められないものもあって、例えばピンクがストンとクリアーに変化。くらいはどってことないのですが、濁ったり黒ずんだり、というのはやはり認めにくいものです。もう一年くらい、B32ロイヤルブルー/ゴールドの、下層のゴールドが、なんとも形容しがたく変化していて、上層のロイヤルブルーが混じったみたいな、青みがかってダークに変化。お隣りのB31グリーン/ゴールドとの違いがはっきり。

それでも、他のアルケミーさんたち同様に、いつかは使ってやらないと。と、ずっと観察してたら、ある日B47ロイヤルブルー/レモンイエローとの共通点を発見。下層のゴールドは、ビターなレモンイエローに変化して、B47になりたかったのかな?などと思いついたのでした。

B47「Old Soul」は、オーラソーマと出会って、2本めに使ったことがあるボトル。Old Soul(古き魂)なんて、かっこいい名前を持つボトル。ちょっとPaul Weller「HEAVY SOUL」ぽい(笑)このボトルを使ったときは、まだレベル1も受けてないときでしたから、あとで知ったのが、インスピレーション力(ロイヤルブルー)に、気づきの閃光(レモンイエロー)が走るような、明晰性を開くメッセージを持ったボトルであり、また、ヌメロロジーでは結婚後の使命数(名前をローマ字に置き換えた合計数)が、47ということ。ご縁のあるものは自然の成り行きでチョイスされるのでしょうね。

御参考までに

http://aura-soma.co.jp/intro/advance/numerology.html

結局、まずは気づきをくれたこの、Old Soulをまた使ってみることに。
(一応ボトル日記をつけてるので)12/17から使い始め、数日間はどうもなぜか機嫌が悪いボトルだなあー。と思ったのが印象的。なにせいくらシェイクしても、混じり合わない頑固さ。もともととっつきにくいキャラなのですが。それがある日から御機嫌よろしく、解けるように融合。それが12/21の皆既月食でした。しかも、下層のイエロ―に、なにやらお月さまのような大きな気泡。この半月、これっきり姿を現すことはありませんでした。


ふーむ。この色の組み合わせ、確かに月夜を思わせるから、月との関連性があるのかも。

さて、1/30にこのボトルを使いきり、いよいよアルケミーなB32を1/31から開始。ちょうどASIACTから届いたニュースレターの冒頭にこのボトルが取り上げられていたのもタイムリーでした。

しかし使い始める前に、あれ?ゴールド、色が戻ってるかも。と。

   
こうして他のゴールドと比べると、少しダークなのですが、こんなものではなかったのです。これ、使うごとに普通のゴールドになっていきました。B32にはSophiaという、星の女神の名前がついてます。確かにOld Soulと比べると、女性的で優しいかも。シェイクした色も、ふかーいターコイズのようにも、青みの強いディープマジェンタのようにも見え、癒やしの女神さまのような風格です。

まあともかく、補色のロイヤルブルーも大活躍で、ゴールドについてしっかり学ぶべき時期にいるってことなのでしょうね。今の段階ではわからないけど、あとでそうかあー、って思えるときがくるんだと思いますが。



2011年2月6日日曜日

ようやく、初詣。

2月3日が新月で、節分。2月4日が立春。

古来日本の暦では、ここで新年がやってくるって、お日様の具合などからすると、このほうがずっと身体にしっくりくるような。

というわけで、(というわけでもないですが、)ようやく初詣に行ってきました。

今年はここがいい!と思ってたので、ちょっと遠出して、浦和の調(つきのみや)神社へ。

もちろん、うさぎの神社。

年男、受験生、体調不良と、家族内もそれぞれバラエティに富んでるので、それぞれに合ったお守りを買いこみました。

「つきを呼ぶ」神社だそうです。だといいですが。

ご神水にいるうさぎさんは超ド迫力ですが、見慣れてくると可愛くて、背中をいっぱいなでなでしてきました。

境内には他にもあちこちうさぎさんが。





マーラビット?も(笑)

山根康弘って、あの山根康弘!?

しばらく、「Get Along Together」が耳から離れませんでした(笑)

途中、近くに「楽風」という、明治24年築の納屋を改装した、日本茶喫茶・ギャラリーがあり、ちょっと寄り道。

母の実家は農家で、まだ小さい頃に納屋に入らせてもらったことがあり、おぼろげな記憶ですが同じような格子戸と、木の階段。

子供の頃、真っ暗な中、ランタン片手に柏手を打って入るおばあちゃんの姿や、建物のミステリアス具合がよほど印象的だったのか、何度も夢に出てきたので、不思議な既視感。

短時間でしたが、大好きなうさぎさんのおかげで、曇り空の下でも温もりを感じる、すてきな神社でした。








2011年1月10日月曜日

ガイアシンフォニー×2

見たいものは見れるうちに見ておくべきだろう。
とつぶやく、内なる声を無視できず、二日間連続、通いました。

地球交響曲第三番
http://www.youtube.com/watch?v=ZhNFlwGel0Q

地球交響曲第六番
http://www.youtube.com/watch?v=NkNbxFnWpT8

そもそものきっかけは、友人から借りたサントラCDだったんだけど、そのときは「いいねー。」で終わってた。しかも今回見た第六番のサントラだったことにも、映画を見るまで全然気づかず。要するに、関心はあっても、全然突き動かされてはなかったわけで。

今回はたまたま、恵比寿で関連の音楽イベントがあるのを知り、以前、全然別の流れで聴いたことがあった、ディジュリドゥ(天然空洞木)の演奏がまた聴けるとあって。そんな切り口でガイアのイベントに行く気になったのは、私くらいかもしれません。

しかも演奏者のKNOBさんが、かつて欽ちゃんファミリ―だった、あの元CHACHAのノブさんだったの、パンフ見るまで全く気づかなかった。
ともあれ、ディジュリドゥの、独特の地底から湧きあがるみたいな、地鳴りみたいな音、かっこいいのです。



この写真、イベントとは全く関係ないけど、写美のカフェで頼んだベルギービール。洋梨の香りでめちゃおいしかった。恵比寿は場所柄、ビアビアしてる?のがいいですねー(笑)

しかしこれは元日の昼下がり限定の優雅さであって、覚悟して通った二日間でした。特に第三番の日、上映時間は18:30。退社が16:15。都会生活者には想像がつかないかもしれませんが、勤め先から車で、自宅を素通りして最寄駅近くのショッピングセンターのパーキングに駐車。そして電車に飛び乗り、上映館に着いたのが開演10分前。その間、全く無駄のない動き(涙)

でも、そこまでしてがんばっただけの内容でした。図らずも星野道夫さんの追悼となったわけで、終始涙が止まりませんでした。星野さんと友人たちの言葉はすばらしいのですが、美しい映像と一体化してこその価値なので、興味のあるかたは予告編をごらんあれ。

星野さんが亡くなったとき、自分は子育てのピークでしたが、わりとよく覚えています。当時は必ずしもいい報道のされかたばかりではなかったように思います。

映画を観たおかげで、その部分が深く癒やされました。おそらく、星野さんの死は私にとって、他人事とは思えなかったのでしょう。偶然にも、今、自分は彼が亡くなったのと同じ年齢なのでした。

第六番のときは休日だったので、昨日とは時間の進みが全然違って、実にゆっくり。


 フリーマン・ダイソンの語る、「人が心に描いたことは必ず実現する。そのために人は神から想像力を授かったのだ」とすれば、先人たちの想像力のおかげで今ここの平和がある。ということ?

だとしたら、それはすごいことだなあ。と。

私はガイアシンフォ二―の熱心なファンというわけではないけれど、科学的側面と宗教的側面のバランスという点で、このドキュメンタリー形式の映画シリーズは、自分の直感を肯定してくれる、貴重な存在かもしれません。

2011年1月5日水曜日

今年はうさぎ年

待ちに待った?うさぎ年のお正月、いただいた年賀状には、うさぎさんのイラストや写真がたくさん。なんだか、それだけでとっても楽しんじゃいました。送って下さった皆様、その節はありがとうございました。


 
 
たまたま、出かけた先でもうさぎイベントが行われてました。うさぎと言えば、定番のふれあい広場。今年はあちこちで行われてるようですね。
元日から営業お疲れさま!のうささん達です。ケージの中でぐるぐる走り回って、足ダン!連発。と思えば、強制抱っこ。これは相当ストレスたまったでしょうねー。かわいそうだけど、小さな子供たちに抱かれる彼らには、無償の愛って言葉がぴったり。この後、皆死にそうになっただろうなあ。ゆっくり休ませてもらえたのだろうか。


でもなんか、やられ放題の彼らを見ていて、一番に思い出すうさぎのエピソードが、バラモンの目の前で、自らの身を火に投じるうさぎの話。













「ブッダ」の冒頭だったか。謎の行動なんだけど、毎日ボノと触れあってると、このエピソードがうさぎの本質を訴えてるような気がしてならない。って、思うときがよくあります。



ボノは抱かれて、されるがままのとき、私の目をじっと見て、「食べるの?」「覚悟はできてるよ。」って、常に身を捧げる覚悟ができてるようにみえることがあります(笑)もちろん、そんなことを飼い主は考えておりません(笑)



いつでも腹をくくる準備ができてるとすれば。ますます惚れてまうわ。なのでした。



2011年1月1日土曜日

2011のお正月

今年の幕開け、除夜の鐘をつきに行きました。

誘ってくれた友人は、毎年子供たちと一緒に、父の眠るおひざ元のお寺で鐘の音を聴き、新年を迎えていたといい、お互いに親離れ・子離れの進んだ同志。よって今回は、女二人の「煩悩打ち消しツアー」なのでした。私は無宗教の両親に育てられ、こうした機会に恵まれずに今回が初体験。23時半頃、友人の車で、ガラガラの道を走ることおよそ2㎞。


もちろん、集まった人たちは壇家やご近所の方々なのでしょうけど、どことなく、タイムスリップの気分。こういうのって、ずっと続けてきたんだなあ。と、身体のどこかで呟く声が。寒さをこらえて、静かに鐘つきの列の並ぶ間に思ったり。しばらくは僧侶が付き添っていたけれど、途中退席してからは、その場にいる同志で、鐘の音が鎮まるのを待って「どうぞー」と声を掛け合いながらの順番待ち。いよいよ自分の番。力加減も、タイミングも、見よう見まねで、いち、にのさん。で、一突き。
「やさしい音だねー」「そのくらいがいいねー」と、見知らぬ方からの暖かい称賛の声をいただきました(笑)


はい。ご指摘のとおり、腕力弱しです。でも、ちゃんと鐘は優しく響く、深い音を奏でてくれました。焚火を囲んで、甘酒をいただいてる時も、「おしとやかだったね」と追い打ち。次はもっと腰入れてがんばります。次回があればですが。果たして煩悩は消えたのだろうか。

世の中の年末年始モードが感じられないうえに、職場が31日も営業で、お正月を迎えるための準備がなにもできずにいたのですが、30日ぎりぎりになってやっと、黒豆と栗きんとんくらい作ろう。という気になり、母の煮しめを手伝い、毎度のことでお客様でもおもてなしするかの勢いの量。しかし子供たちが大きくなり、また母も高齢になり、この行事もいつまで続くかわからないので、準備中の記念写真を撮ることにしました。



普段はやれないぶん、このときは出汁とりや前日からの下ごしらえからちゃんとやれば、シンプルな料理もおいしくたくさん食べれるし、いわゆるスローフードを楽しむことができます。このときしか出回らない、八つ頭やくわい、京人参などを買っても、既製品よりお金はかからないだろうし。

ともあれ、今年も我が家に、お正月さんが無事訪ねてくれて感謝。

2010年12月20日月曜日

20年ぶりの「銀ブラ」

全然都会の子供っぽくなかったけれど、当時は、銀座や新宿まで、都バスで行ける場所に住んでいました。

マクドナルドが日本に初上陸した頃の三越前だか、ものすごい人混みだったような、おぼろげな記憶があります。それが、一番古い銀座の記憶かもしれません。

その次に古いのが、学生時代に始発の電車に乗り、鳩居堂や山野楽器のプレイガイド前でチケットの整理券もらいに並んだ記憶。

その後は就職して、仕事柄クリスマスなどのディスプレイを勉強するためにせっせとデパート通いした記憶。和光の前で、ウィンドディスプレイのセンスの良さに、惚れぼれと立ちつくすこともありました。

そして、子供が生まれて、東京人じゃなくなって、20年以上が経って、クリスマスシーズンに一人で銀座に出かけたのはほんとに久しぶりでした。


地下鉄の出口を出て、メルサの前に出て、ITOYAの看板が目に飛び込んできて、つい懐かしくなって店内へ直行。MONTBLANCのコーナーがわりと大きめにとってあって、うーん。やっぱりこんなに高級なのか。と、ここでまた父が私の就職祝いに、MONTBLANCの万年筆を買ってくれたことを思い出しました。新品、高いからもしかして中古だったのかな?しまいこんだ場所が、記憶にない自分に反省しつつも、画材のコーナーを眺めて、うっかり衝動買い。これ、和紙なので畳半分くらいの大きさなのですが、重複した絵がないので、まるで一枚ものの版画のようです。来年の正月飾りはこれだけでもいいんじゃないかと思うくらい、晴れやかでほのぼのした兎さんたちです。よく見ると、「兎さんお目出とう」と、紙のふちに金文字で書かれています。


年々、クリスマスなどのイベントを楽しむことから遠のいてるけれど、今年ラストの、カリグラフィーの授業で、トールペイントのオーナメント作りを体験してきました。インストラクターさんが上手に誘導してくれたおかげで、時間内に無事完成。ケーキ食べるだけでなく、部屋のドアにでも飾ってあげようと思います。

2010年12月3日金曜日

Heathen Chemistry


いつの間にか、家の外壁がツタに覆われていたことに気づいたのが、たぶんあの酷暑の頃だったかと。無精なのと、殺風景よりいいか。という気持から、あるがままにしていたら、玄関に真っ赤に紅葉した葉が散らばるようになり、それがツタの葉だとはすぐには気づかずにいました。


今年はどこも素晴しい紅葉だと聞いてたけど、ツタの葉もご多分にもれず、美しい赤に変容。



とっさに玄関にあった器に、きれいな落ち葉を集めてパチリ。
そういえばこの器、先日倒れた従兄の陶芸作品でした。
順調な回復ぶりの中、奥様に車いすを引いてもらいながら、術後初めての散歩で、鮮やかに色づくきれいな景色を眺めて、「ちょうどいい時(今が見頃の意)」という言葉が自然に出たという報告もあり、着々とリハビリを進めているようです。


このツタ、二階の母の部屋の窓に向かって、触手を伸ばすかのように伸びています。
長年植物との対話をし続けてる母、既に野草博士ふうなのですが、さらにケルトで言うところのドルイドに近づいてるのかもしれません。遊歩道など一緒に歩いてるとき、トンボが頭に止まっても平然としてる姿を見て、こりゃ森の精霊化してるなあ。と思ったものです。



忙しさがほんの少しおさまり、年末モード前の静けさがあるうちに、またぼちぼちと、CD&DVDレンタル通いをしていて、ぼちぼちとOASISを借りてます。
モーニンググローリーなどの前期、解散直前のディグアウトユアソウルなどの後期など、何枚かは持ってるのですが、ヒーザンケミストリーは持ってないので何度目かのチョイス。なぜかいつも、借りても買うまでに至らないアルバムなのですが、なぜかはよくわかりません。何度も聴いてる一曲目のThe Hindutimes。久しぶりに聴いたら「ロバートパーマーじゃん。」と思ってしまいました(笑)
Addicted To Love も、The Hindutimesも、両方とも好きだからいいけど。


http://www.youtube.com/watch?v=XcATvu5f9vE

http://www.youtube.com/watch?v=RSLPbl8Nigk