2011年12月11日日曜日

ボックスセット


「アート三重奏」参加による体験と様々な思いは言葉に尽くせないだらけ。

遅くなりましたが、主催者他スタッフの皆さん、講師の方々、ご一緒した生徒の皆さん、駆けつけてくれた、もしくは駆けつけたかったと意志表明してくださった皆さん、全てに感謝です。

展覧会の会期中、またその後の忙しさもあって、いまだ整理しきれていない感覚です。
整理整頓がこの場でできますよう。ちょっとづつやっていこうかと思いますが。

ひとまず、本展が意外に面白かったので、ご紹介。
「瀧口修造とマルセル・デュシャン」
まず思いのほかボリューム満点。
「実験工房の作家たち」
こっちも見たから余計なのですが。でも見るなら両方見るのがおススメ。

瀧口との偶然の出会いから、死後もなお一生の友となる過程まで、ぐぐっと引き寄せられました。
勝手に受けた印象ですが、ゲージュツ家の中でもわりと彼らは地に足がついてる?
というか、食うためのバランス感覚がいいというか、そのためかある意味、芸術活動に没頭せず、評論や執筆、デザイン業に傾いても一時代築いてるし。
純粋なアートも、産業としてのアートもそつなく表現できる、淡々として器用なところが、逆にものすごく痛々しいのでした。
この痛々しさが、二人の引き寄せの法則になったのかも。というか。

デュシャンのコレクション的な、色んなボックスセットが、存命また没後も次々と紹介されていて、これを見るのがなんだかすごく面白かった。ある種の快感。
これ、並べるとちょっと似てないでしょうか?


左がデュシャンの「トランクの中の箱(特装版)」。
右がThe Whoの「QUADOROPHENIA スーパーデラックスエディション ボックスセット」

未完の「大ガラス」を模倣したプロジェクト「大ガラス、東京バージョン」の制作風景も面白かった。

興味のある方はぜひ。
あ、こうして紹介するくらいなので、右はもち買いました。

昨夜は見事、惜しげもなく姿を見せてくれましたねー。
けっこう酔っぱらってたので、「お醤油で焼いたおせんべいみたいー」
と叫んでしまいましたけど。













2011年11月26日土曜日

Art and Heart

宣伝をふたつ。

お世話になっているカリグラフィー教室のある、ログ・アトリエさんが10年ぶりに合同展覧会を行います。
生徒として、2作品を出展します。

絵画・銅版画・カリグラフィー ログ・アトリエ 「アート三重奏」
http://www.log-atelier.co.jp/tenrankai.html

そもそも、人目につくことが目的で始めたわけではなく、
子供の頃から、授業中にノートや教科書の隅っこに、小さなイラストや連続模様、今でいうところのフォント(当時はアナログだったので、レタリングとよく言っていた)など、
いたずら書きばかりしていたことの延長ということで、スタート。
ただ技術を学べば、そのぶん上手く書きたい欲望は生まれるので、
とりあえずきれいな文字が書きたいがために続けて、人目にさらすとなれば、投げ出さずに仕上げることが、まず目的ということで。
たぶん、なんか書いてないと気が済まないのでしょう。

今回は、ふたつともコラボレーション作品。
ひとつは、広野町のモノクロ撮影写真に直接、カッパープレートで書き込みました。撮影者は知人でプロの方。
Paul Wellerの曲「Kosmos」の歌詞の一部を引用。

もうひとつは、母のボタニカルアートに合わせた、イタリック体。
小さな記念アルバムのような仕上がりにしたくて、実際に額変わりに写真台紙を使いました。

そして、こちらの会場の、「AURA-SOMAハートプロジェクト」に参加します。

「はっぴーあいらんどフェスティバル」
http://blog.canpan.info/happyisland/

参加表明はしたものの、会場での役割はまだよくわかってないのですが、
311以来、集まったプロダクツを、被災者の中で必要としている人たちに配るという趣旨です。
仕事を連日休めないので、23日だけのお手伝いです。

大地震と大津波で大変恐ろしい思いをしたうえに、原発事故の影響でさらに大変な思いをして、
世間の様々なおしゃべりに心を痛めていて、それでもこうしてイベントに乗り出すエネルギーは、
想像を超えています。
自分自身、ここ数カ月色んなことで疲弊した時期もあり、
人の集まる場所に長居できないと判断して、一度参加をお断りしましたが、
ひと山越えて、いける。と勢いで判断。


少し前までは子供たちのクリスマスイベントで、この頃に家を空けるなど考えられなかったけれど、
今はもう、すっかり大きくなっているわけで。
もう少し細かく言えば、家庭ではささやかなクリスマス用の夕食を揃え、
保育所や学校、子供ルームや町内の子供会などで、イベントのために奔走していたのが、
一昔前。

今年、被災地の子供たちはどんなふうに、クリスマスを過ごすの?
ささやかなホームパーティーや、クリスマス会の準備に忙しかったお母さんたちは、
どうやって、子供たちを楽しませようかと考えるの?

数十年前のこの曲が、すぐに思い浮かびました。
http://www.youtube.com/watch?v=w5cX_ncZLls
"Do They Know its Christmas ?"











2011年11月12日土曜日

「手当の茶の間」に一票。

以前、アースデイちば参加の際に、相馬市震災孤児及び被災者奨学資金義援金に寄付と書きましたが、送り先を変更することにしました。

もちろん、この送付先についてはなにも問題がないとして、当時は選んだわけですが、その後の義援金という形の寄付金の流れに対する不安感(本当に、私たちが納得できるような寄付報告がなされるのか?速やかに被災地もしくは被災者に使われているのか?どのように使われているのか?)が強く、そうした本来の思いから逸れ始める自分の気持を抑えてしまうのはいかがなものか?

そうした感覚が、何カ月も続くため、ずっと保留中だった送り先。
代表者の顔が多少なり見えるところ
使われる意図がある程度見えるところ
少額な寄付金が、それなりに細やかな部分で使われるであろうと想像できるところ
という判断のもとで変更となりました。

実際、少額であるからこそ難しいということでもあるのですが。

http://plaza.rakuten.co.jp/ginganohotori/diary/201110250001/
「手当の茶の間」という活動をしているのは、はしもと治療室さんと、須賀川でお世話になった銀河のほとりさん。

「自然治癒力を高める快療法」橋本俊彦・橋本雅子

はしもと治療室さんの他の本はまだ読んでないのですが。
この本は、2011.3.10に、再編集されて発行されています。
そして今、放射線の健康被害から身体を守るための活動をされているのは、驚くべきタイミングです。

以前は健康産業で働き、美容や健康情報を得る意味多少勉強してきた経験から、自然療法や民間療法なども関心はありますが、医学的な視点と、スピリチュアルな観点が混同されず、なおかつわかりやすく熱意が感じられ、その上押しつけがましくなく、読み手の自立心を尊重する本というのはなかなか厳選されると思いますが、そうした条件を満たす内容だと思います。

まず響いたのが「身土不ニ」「一物全体」など、マクロビオティックというしゃれた横文字に隠れてしまいがちな、古来の言葉。
健康ブームの裏側に潜む過剰摂取にも、「引き算健康法」という排毒のしかたを示しており、こうした体内の排泄機能を正常化させる治療が、放射線被害の不安と長期間向き合うことを強いられる全ての人の参考になり、すでに3.11以降の活動は進められているとのこと。

これで、なんとか年内に納められてちょっとほっとした。
まだまだ、これからですが。


2011年10月29日土曜日

やきとりはカマキリに食べられてしまわないよう気をつけて。


カマキリ嫌いな人ごめんなさい。こちらは朝蜘蛛騒動の3日後のことです。
なんでここにいる!?と叫ぶ母の声のするほうに行ったら、食卓でこんなことに。
絶対、肉のほう向いてるんだよね…。カマキリって、焼き鳥食べるんでしょうか?
なんて、流暢なことを思う場合ではなく、もちろんこの後はプラのカップで生け捕り、家の外へお引き取り願いました。

虫の知らせとか、言い伝えなんでしょうけど、クモといいカマキリといい、皆さんどんだけ知らせたいちゅうねん。

と、そこへ新月を過ぎ月齢二日目にして、ノエル来日チケット当選のお知らせ!
運転中の車中でクモに襲われる確率や、我が家の食卓の焼き鳥がカマキリに襲われる確率と、
チケット当選の確率はどんなだ。

なんだか久しぶりにテンションが上がり、昨日まで心折れそうだった描きかけのカリグラフィーも、この勢いを利用してどうにか完成。心どころか、リアルに制作中、一本しかないペン先が折れて、作業が強制終了したときは、何度もくじけたなかで、最も激しくくじけたものでした。

この一年は殆ど、カッパー体。他の書体を描くと、このペンのくせを忘れてしまいそうで。
ペンに限らず、道具はみなそうなのだろうけど、ペン先と仲良くできないときは上手く描けない。
そして絵具の濃度。すごい扱いづらかったときもあったけど、とってもいい勉強になった。

完成間際は、よく連れ添ってくれたペン先君との別れがちょっぴり惜しくなり。
と同時に、よーしこれからはようやく、イタリック体に移行できる。と、肩の荷が下りたような気も。

次はどんな虫さんが現れるのか。ともかく無駄な殺生は控えるべし。ですか。



2011年10月20日木曜日

運転中はなにがあってもハンドルから手を離すな。

今朝の通勤、命の危険を感じるドライブでした。
こういうとき、不慮の事故って起きるのかな。山道ならありかも。

コントにあるようなシチュエーション。本当に起きるのですねー。

運転中の車内、ハンドルを握る右手側、目の前に突然、つつーっと降りてきたのはおそらく全長10センチほどの、縞模様の蜘蛛。手の上、数センチのところでフラフラと揺れている。
すぐ後ろに後続車がいなくて良かった。その瞬間、相当おかしなアクセルワークとハンドルさばきだったに違いない。
こんな状況でおいおい!とりあえず、無抵抗な顔か手にべたっ!!っだけは避けたい一心で、右手はそのまま、左手でひざかけを握りしめ、窓方向に振ると、運転席側のドアポケットにすっぽり落下。やつもびっくりしたのか、じっと動かない。
数秒後、信号が赤になる。このすきにドアを開けるが出ていく気配なし。再度、ひざかけを渾身の力を込めてドアの外に向かって払うと、数回めにようやく降車。とっさの無理な体勢で、腰回りが攣りそうになるがようやく、車内に平和がおとずれる。

ことわっておくと、虫嫌いではありません。どちらかと言えば、子供の頃は友だちレベルでした。カエルもトカゲも、今だ手で捕まえることができるし、カブトムシを見ると、ちょっと飼ってみたくもなります。ショウリョウバッタは、今でも見つけるとつい捕まえたりみたりもします。が、クモは3センチ以内が限界です。害虫ではないとわかっていても、部屋に入ってくるのは勘弁です。

ここまでの思いをしてもやはりまだ、「朝蜘蛛は縁起がいい」と言えるのでしょうか…。

2011年10月16日日曜日

Rose and Noel

ノエル、来日決定だそうで。チケット入手は運だめしとなるか。
解散後、先に弟君のファーストが出て、Japan Benefit Gigでイイ奴だなあ、リアム!という動機で、発売後しばらく経ってから手に入れたときとは、だいぶ違う気分。

今年は内も外も、動きが激しくて震災後から、ずっと最近まで積極的にロック聴こうって気持になれなかったけれど、ウェラーとノエルの新譜だけは楽しみにしてたから。ノエルのは、発売日に届いて早速試聴開始。今のとこ、毎日ローテーション。


そもそも、私はたぶん、オアシス好きの中でもちょっと特異なんだろうと思うのですが、名盤「Morning Glory?」を除けば、後期の音が好き。そしてこのソロを聴くと、そうかあー、こういうのがしたかったのかあ。って気持になります。キャリアから考えても、もし解散しなくても、ソロの構想はずっとあったのかな、って気持にもなります。

良いか悪いか、好きか嫌いか、はともかく、聴いてて色んな場面が思い浮かんで、いくつもの感情がふっと湧いてくるのは、自分にとっていいアルバムの証拠なんじゃあないかと。たぶん、本人の自筆であろうタイトル。字、下手っぽいのもノエルらしい。ウェラー意識したのかなって思うけど、兄貴はこうしてみるとわりと字が上手いのかも。

ヘビロテの予感はこちらにも。

スキンケア業を卒業後は、一年くらいAura SomaのAEOSをトータルで使っていて、使い心地になんの不満もなかったけれど、クレンジングだけはどうも、濡らしたコットンにオイルをなじませふき取る。というのがいま一つ。ちょっと敷居が高かったのを思いきってクリアして、Juriqueのクレンジングを通販で入手。
最近気づいた、使っていいスキンケアの特長。使用後しばらく、掌がぽかぽか暖かくて、柔らかくなること。香り、テクスチャー、そしてこの感覚。なので、使った初日にわかる。
内容成分へのこだわりも、AEOSとJuriqueにはあまり隔たりがなく、相性もいい。

クレンジングがいいとなると、色々試したくなるのが人情で、ラベンダーミストとローズボデイクリームのうち、ボディクリームをお試し中。
デコルテラインが赤くかゆくなってしまい、ケア製品の成分によっては悪化してしまうので、いいクリームがほしかったのだけれど、これ、かなりです。
そもそも肌荒れの原因は複雑で、疲れやストレスが引き金になることも多いので、仕事中でもほのかに立ちのぼる、この香りにはすっかりヒーリングされてしまった。

気づけばまるでプロモのようなブログ(笑)ノエルも、ジュリークも。

2011年10月10日月曜日

これがぼくの心臓の音


「トーマの心臓」
油断した。泣けてしまった。およそ30年ぶりの再会で。
しかし、人の記憶って不思議なのは、子供の頃あれだけ読みふけったはずなのに、ストーリーを忘れてしまってること。
…というか、当時まだ小学生だった私が、何年読みふけったって、せいぜいが中学生。
大人になった自分が、再読するだけの価値のある作品。そうめったにない。ろくろく理解もせずいたとはいえ、この作品に出会い、多大な影響を受けたと思われる幼き我が感性、誉めてしまいます。

我が家では、プチ萩尾望都ブームが再燃。こないだ久しぶりに会った22の娘が、急に「ポーの一族」が読みたいと言うので、それならば、母さんは「トーマの心臓」買うので、読みあいっこしよ。ということになり。
たぶんもう、10年くらい前に、「11人いる!」は面白いからおススメ。とこの娘に読ませたら、いいね!王様ってかっこいいよねー。母さんはフォースが好きだったなあー。などと、萩尾マンガトークで打ちとけ合ったこともあり。

しかし私はそうそうマンガ読んでもいられず、娘は他に読みたいマンガがたくさん。
久々の再燃で、感涙できるとは。
もう一人の高校生の娘のほうは、まだ萩尾望都を知らないので、「BLの古典だから、読んどいたほうがいいよ。」なんてススメた自分が今じゃ恥ずかしい。むしろこれが古典であるなら、BLものって、深すぎる。

舞台でもある、遥かなドイツに思いを馳せるタイミングに、ドレスデンからの写真も届きました。