2010年10月21日木曜日

Open Sesami

毎日仕事に追われたり、娘の塾送迎したり入試説明会に出たりと、表面的にはあれこれと、ただジミに忙しいだけの日々。

ところが内面的には非常にハデでした。

長期的なプランが頭に浮かび、シナリオ作りにとりかかろうというとき、ぽーーんと目に飛び込んできたのが、B83のOpen Sesami ターコイズ/ゴールドのボトルでした。

このボトルが飛び込んできたのは二回目で、初めてのインパクトがあったときを思い返すと、今の自分の気持ちがどこにあるかを楽に見ることができます。

当時は、ちょうどオーラソーマを学ぼう。と決めた時期でした。このときに選んだボトルのネームがOpen Sesamiなのですから、ちょっと出来過ぎかもしれません。ただこの時には、使うまでには至りませんでした。

このボトルについて色々な方が、あらゆる切り口で書いてあることなどを読むと、今の自分を表わすような表現も多々あります。単に色だけを見ても、クリエイティビティのターコイズと、自己価値を見い出すゴールド。ボトルの使い始めは、ていねいにシェイクしてもなかなか二層の水とオイルがすぐに分離してしまうのですが、今回はすぐ、あっという間に混じり合いました。何か、私が来るのをずっと待っていたかのようです。シェイクした色も、青磁器や、古代の勾玉にあるような、淡いオリーブグリーンをしていて、繊細で、どこか懐かしい感じがします。


いざクリエイティビティに開きたい。と意気込んでは、続かなくて、体力がついていかず、紙とペンを目の前にして眠り込んでしまったりを繰り返す日々。

持ち主が彼氏のところに行きっぱなしで散らかったまま、放置された娘の部屋を自分用に模様替えすることにしました。およそ25年ぶりのマイデスクになります。

最近すっかりはまっている本が、フォントデザイナー小林 章さんの「欧文書体」。美しい英字の羅列のリズムを感じているだけでワクワクしてきます。


この方のHPからジャンプして、誰でも参加できるカリグラフィー関連のワークショップをいくつかチェック。参加申し込みの希望、叶うといいな。


2010年10月10日日曜日

REDLINE


久しぶりに帰ってきた長女と、10/9~公開の「REDLINE」を観てきました。

http://red-line.jp/index.html

このタッチは「TRAVA」の制作スタッフ?と思ったら、やっぱりそうで、もう何年も前ですが、長女と「Grasshoppa!」にはまって、TSUTAYAレンタルで何度も観たアニメでした。


制作スタッフについては全然予備知識がなかったけど、公式HPを見ると、ずいぶん実力者揃いな上に、、公開までに7年もかかったとかで、けっこう期待しちゃいました。

で、期待を裏切らない出来でした!単純・痛快・力の抜け具合が、かえって気分を高揚させるというか。スクリーンで観る映像と、スピード感いっぱいの音響。ラストのベタさも気に入ってしまいました。日本のアニメはほんとーにすばらしいとしか言いようがありません。ちゃんとトラヴァ&シンカイも、レースに出場してました。http://gyao.yahoo.co.jp/player/00154/v08868/v0886600000000531772/

最近、秋めいてからは、ぼちぼちとTSUTAYA通いをしてます。

「ブラス!」
「潜水服は蝶の夢を見る」
「ウルトラミラクルラブストーリー」
「タクシードライバー」

観たい。(もう一回。というのも含めて)という以外に、なんの共通点もありませんが(笑)

秋になって、映画見たり、読書したり、料理したりがやっぱり楽しいです。なぜなんでしょうね。

2010年10月6日水曜日

川村での3日間




川村記念美術館へ、10日間という短い期間中に、3回足を運びました。


一回目は、「モハメッド・アリ・カーン・ゴーリ インド細密画」おなじみの八街のアリさん。二回目は、本館の「アメリカ抽象絵画の巨匠 バーネット・ニューマン」。三回目は、「グループあらべすく植物画展」これは母が定期的に行ってるグループ展の、主に搬出の手伝い。


特に二回目では、いくつもの幸運に恵まれました。大好きなアリさんのミニアチュールとその他、総88点、目に焼きつくくらい、しっかり堪能できたことです。ちょうど二回目の訪問でも最終日だったので、午前中に再訪、その後偶然に、いつもお世話になってるオーラソーマのティーチャーのMさんとの合流が叶い、午後に再々訪問。会期中に3回も見れてしまいましたし、Mさんとの時間も貴重で、共に過ごすだけですっかり癒されてしまいました。


この期間中に、まったく性質の異なる3つの展示を見たことに。ミニアチュール、ボタニカルアート、カラーフィールド・ペインティング。

ミニアチュール=インド細密画と、ボタニカルアート=植物細密画は、同じ細密画でも、見れば見るほど違う性格をしています。もともと寺院の壁画から発展して、神話や肖像画を描くための独自の技法のミニアチュールと、植物図鑑の挿絵に使われるほど、科学的な視点でありのままを描きとるボタニカルアートでは、「細い筆で繊細に描く」という以外は、相反するもののほうが多いかもしれません。
 
これは一昔前のものですが、基本的に門外不出のお方なので、プロフィール等が紹介されてるのはこれだけのようです。


 そしてB・ニューマンに至っては、大きなカンバスにシンプルな色彩の世界。そしてこの展示だけ、有料だったのですが、半分は常設展示だったし、代表作の「アンナの光」自体が、ここの常設展示ですから、正直な話、半額料金がふさわしく感じました。

こうした作品に、どうしてやたらと説明がつくのか、そういう傾向はあまり好きではありません。絵は描くほどに、どんどん「虚像」に近づいてくという理論はなるほどなのですが、そもそも、巨大なカンバスに向かうことで、充分に圧倒されるわけです。それだけでもう、充分作品は主張してきてる。でも、「虚像」という言葉を使ってしまったら、この世にあるもので形あるものすべてが「虚像」なのですよね。
この世に生まれた瞬間から、虚像の世界とのお付き合いが始まり、虚像の中で育った赤ちゃんは、やがて大人になって、虚像に恋をして、虚像だと思い知っても、いまだ虚像に翻弄される人生を、笑ってやり過ごす知恵を授かったら、やがては死んでいくのでしょう。だから残念ながら、B・ニューマンのアートも虚像の一部だろうと思います。虚像でないのは、その作品に漂う何かを感じとった、心の瞬間だけでしょうし、その漂う何かを捉えるのが巧みなアーティストなのかもしれません。でも、そういう意味では、どんな画風かは関係ないのでしょう。

二度目の訪問の日は天気が良く、自然散策路も楽しみました。

いまだかつてない猛暑だった夏が過ぎて、秋がないだの、風邪をひくだの、あーだこーだ言って生きる人間と比べ、木はちゃんと実をつけ、地表からはきのこが生え、彼らは黙ってしたたかに秋の戦略を実行して生きてるなあと思います。

2010年10月2日土曜日

ルーシーダットン

先日、出勤を午後からにして、娘を病院に連れて行きました。しかたなく。でしたが。

夏前から、学校の養護教員に検査にいくよう、せっつかれていたのですがとうとう夏休み中に予約がとれず、学校からも病院からも怒られた上に、結局学校を遅刻させるはめに。という、親としては後手後手のパターンになってしまいました。

娘は4歳の時に、川崎病になりました。
始めは突然の高熱という症状ですから、当然他の病気と誤診されがちですが、発病中は全身の血管が炎症を起こす、怖い病気です。幸い、娘は心臓に後遺症も残さずに回復したのですが、継続的に医療機関で経過観察が必要でした。娘が小学校の間に観察カードを失くして以来、うやむやになっていて、なんだか罪悪感たっぷりに、小児科に向かいました。

検査結果も異常なしで、後は高校1年で検査をすれば、経過観察は無事終了だと言われて、ほっと一安心。しかし、発見から現在まで、未だ原因不明の病気で、なぜかじわじわと患者数は増えていると医師に教わりました。一昔前までは、オリンピックの年に患者が増えると言われていたのが、今ではそのオリンピック時の患者数に、毎年追いついてしまってるそうです。早期発見と治療の進化で、重症化は抑えられてるらしいですが。川崎病は、ちょっと不気味な病気なのです。


久しぶりの小児科で、久しぶりに赤ちゃん達との待合室。私は末っ子なので、子育てする前は子供が苦手で、なぜかというと、まったく予想外のリアクションをされるので、どうしていいかわからずに戸惑った。という話を娘にしたら、やはり同じ末っ子。固い表情で見知らぬ子供たちを見つめながら、同感だと答えていました。

たいした心の準備もできないうちに、生まれたての赤ちゃんと毎日24時間対峙してるうちに、ちゃんと母性は芽を出して、面倒を見ずにはいられなくなるのだから、赤ちゃんのパワーはすごいです。そういう時、いつも思い出してしまうのが、親鳥がひっきりなしにヒナの口に餌を運ぶ姿。ヒナの口の色だか形だかが、親鳥の母性を刺激して、あの口に餌を運ばずにはいられない。という説。特に2人以上の子育てを経験したせいか、多産の動物たちの子育てを見ていると、切なくなります。

ともあれ、久しぶりに間近で見る、人間の赤ちゃんたちは無条件で可愛かったし、子育て中のママ達はどこか神々しかったです。赤ちゃんのいる生活は、もう卒業したからNo。という気持と、まんざらでもないYes。という気持が入り乱れます。で、たまに赤ちゃんのいる夢をみてしまったりします。



診察の終わった娘を学校に送り、午後から出勤したこの日から、近所の温水プール施設に、夜通うことにしました。



毎日、帰り道にあるこの施設で、夜ヨガを毎週全5回、開くというので、約一年ぶりのヨガ復活。となりました。ちょうど娘の塾送迎の合間にぴったりな時間で、参加費も2500円とリーズナブル。ヨガといっても、「ルーシーダットン」という、タイの行者が行っていたという、修行中の身体をほぐすためのストレッチみたいな感じだそうで、実際それ以上でも、それ以下でもない、ライトなプログラムでした。今まで教わっていた、ベーシックなヨガは、ポーズじたいに瞑想的なエッセンスと、肉体との繋がりがあるものなので、修行中の疲れをほぐすという観点は、対照的な気もしますが、ベーシックなヨガに親しんでないなら、むしろルーシーダットンのほうが、一般的にはなじみやすいのかもしれません。

この半年は、新しい環境に慣れるのに必死だったけれど、そろそろ身体の声に耳を傾けなさいと、啓示をいただいたのかもしれないです。


2010年9月21日火曜日

Sounding Bell


ようやくやってきた休日、どうにか言うことを聞くようになった身体で、ボノのケージの掃除と、グルーミング開始。


朝とはいえ、お彼岸の始まりの日差しはまだちょっと、この毛むくじゃらを抱きながらでは暑いなあ。と思いつつ、濡れ縁に出て、換毛期に入ったボノのブラッシングをしていると、庭のヤマボウシの辺りで、鳥のさえずりが聞こえて、ふと頭上に目をやると、ふわふわの冠毛をした、ムクドリが来ていました。どことなく、「食後です。」という貫禄があり、羽根づくろいをしながら、何かを仲間に知らせているような感じでした。ここにまだ食べれる実があるよ、と言ってるのか、変な奴らが濡れ縁に出てきてるから気をつけろと言ってるのか。確かに彼らのほうが、このスペースの常連さんなのでしょう。さんざんさえずって、ちょうどブラッシング終了に合わせて、どこかへ飛んで行ってしまいました。



ほんのわずか、数メートルの小さなスペースなのですが、東向きの木漏れ日が当たるこの場所は、窓越しからも緑の光をもらえるので、好きな場所です。そういえば、植栽したのはこの私で、しかも3番目の妊娠中でした。本当はハナミズキを植えたかったのですが、見つけられず、似たような花をつける、ヤマボウシを植えたのでした。低木とはいえ、すくすく伸びて、今は二階の息子の部屋の窓からでないと、花は眺められなくなりました。こうして、鳥がやってくるのは楽しくて、たまに若いオスのウグイスが、上手くホーホケキョと歌えず、下手な歌を練習していくときもあります。



膝に相思相愛のボノを抱き、緑のシャワーを浴びて、頭上にムクドリ。至福の一瞬です。幼い頃の夢は、こんな風に、緑に囲まれ、小動物たちと友達のように過ごすことでした。覚えたての色鉛筆や絵具で、そういう絵ばかり描いていたことを思い出しました。遠くでは、だだをこねて親に叱られたのか、人間の子供の泣き声も響きわたり、いかにも休日の穏やかな瞬間でした。
 
近々引っ越しが決まった友人Hさんの家に行ってきました。わずか一年間のお付き合いではありましたが、私にとってのこの一年間は、あらゆる変化にエネルギーを注ぐ時期だったため、この時期のめぐり会いは全て、自分の中で大切な結晶となっています。その中でも、Hさんとは短期間集中の間柄でした。Hさんにしても、タロットリーディングのお仕事が順調に発展し、公私ともに大忙しの一年だったようで、何よりだなあと思いました。


Hさんと2人、また同居するパートナーさんと3人で過ごした楽しい時間を惜しみ、記念に高層マンションからの風景を記念撮影してきました。タロットのベースにある、カバラの「生命の木」さながらの、タワーのようなマンションで、仕事帰り、いつも夕暮れの交差点の向こうにそびえたっている姿を、眺めて帰るのが日課になっていました。

タロットをしてくれるお礼に、久しぶりに107本のボトル達を連れていったのですが、いつの間にか、HさんがB69のSounding Bell~鳴り響く鐘~マゼンタ/クリアーのボトルを手にしていたので、この日の記念ボトルということでプレゼントしました。私もそれに見合う、いやそれ以上?のプレゼントやメッセージをもらいました。


家に帰ってから、B69のメッセージを調べてみたら、なかなか花向けとして素敵なので、この場をお借りして。



~~鐘の音は周囲に共振して広がり、聖なる目覚めを促します。あなたが発する言霊が鐘のように振動し、人々のハートを揺り動かし、共鳴して、周囲に目覚めと愛をもたらしていきます~~

2010年9月18日土曜日

不幸なコガネムシ

月曜日の夜、突然腰が思うように動かなくなりました。



一度前かがみになった姿勢から、元の通りに背筋を伸ばそうとすると、圧迫されて呼吸ができなくなるほどの衝撃が起きるので、腰の曲がったお年寄りがするような格好でしか、歩けなくなりました。

その格好が辛くて椅子に腰かけて、今度は立ちあがろうとすると、さっきのような、まるで固い地面に尻もちをついたような衝撃が走り、それを逃がすようにゆっくり動くため、一気に老けこんだ気分で、急にこんな風にしか動けなくなったことが理解できず、そうかー、トイレが間に合わないお年寄りを家族が怒っちゃいけないんだなあー。とか想像して、やたら物悲しくなったり。

最も困ったのが、寝た状態から、起き上がることができないことでした。むろん、寝返りも打てません。

誰かに介助してもらう方法も、腰が少しでも引っ張られると激痛が走るため、怖くて頼めず、ひっくり返ったコガネムシが、起き上がれずにもがくように、一人孤独に、布団の上で、スローな動きで静かに起き上がる努力を重ねるのでした。

PCも、普段はリビングの最もくつろげるスペースにあり、ふわふわのソファーかラグの上に座ってPCに向かうのですが、そのリラックスするはずの家具たちが、この状態だと座ったきり、身動きができなくなります。このような不自由を感じると、くつろぎの空間も、まるでアリ地獄のようです。しかたがないので、しばらくまともに作業ができませんでした。


それでもそろそろ動きながら、なんとか出勤してデスクワークをしていたのですが、回りが見かねて早く病院に行けと言うので、帰りに会社から一番近い整形外科に行きました。電話したときから、とても親切で、わざわざ通りまで迎えに来てくれるスタッフに案内されて診察室に入ると、かなりお年を召した様子の先生で、待合室はがらんとしていて貸し切り状態。あれ、まずったかな。と、一時は心配しましたが、どこか昔懐かしい雰囲気と、丁寧な説明で、レントゲン写真を見ながら色々と教えてくれました。

そこでわかったのが、私の背骨は右に曲がっていて、その主な原因は、背骨と骨盤の間にある、なんとかいう左右対称の骨の形が、生まれつき左が大きく右が小さいらしい。こういう人はもともと腰に痛みが起きやすいのだけれど、痛みがなくなるのも早いので、本人は気づかないんだそうです。最後に一言「奇形だね。」と(笑)

そういえば、覚えていないほど小さな頃に、そけいヘルニアがあったらしいし、また腰痛はしょっちゅう出てはひっこんだりしていて、腰痛持ちという自覚がないだけなのでした。

でもこういうことでもなければ、アンバランスな骨の持ち主だという発見もできなかったわけだし、生活に支障なく過ごせてたのだから、別に気にすることもないのでしょう。

痛みは右が強く、これも、すでに予兆みたいなものがあって、今にして思えばやたらと右側にトラブルが出ていました。

右半身は男性性を司る部位ですが、右半身が悲鳴をあげるって、私は今、どういう状況にいるんだろ?今使用中のボトルは下層がターコイズ化した、B2のピースボトルで、ブルー/ブルーは男性性のエネルギーと関わりがありますから、無意識にバランスをとろうとしているのかもしれません。


ともあれ、昨日あたりから寝返りも普通にできるようになり、QOLもかなり上がりました。こうしてブログも書けるようになり、ひと安心です。


あんまり急激な変化で、どうやらこれが「ぎっくり腰」らしいということに気づくのに、まる一日以上かかってしまいました。思わぬ形での夏バテでしたが、こうしてたまには自分の身体のことを気遣って、普段どれだけ欲張りに色々抱えてるかがわかるのも、いいかなと。またすぐに、喉元過ぎれば。ってな状況になってしまうのでしょうが。

2010年9月7日火曜日

Responsibility

向田邦子の小説「父の詫び状」を、娘が中学校の国語の授業で読んだと聞いて、へえー。時代は変わったなあーとびっくりしつつ、好きな作品&作家なので嬉しくなりました。


あの大韓航空事故のニュースの前から、NHKのドラマ「阿修羅のごとく」などで知ってる作家でしたが、やはりあの事故で注目度が上がり、その後何冊か、作品を読んだのが、たぶん高校生くらいだったんじゃないかと記憶しています。特にこの「父の詫び状」は、向田作品のベースとなるような要素も多く、印象に残っています。なんて書くと、読書好きの少女だったかのようですが、正直、そんなことは全然ありません。


時々、娘たちとは読みたい本が一致する時期があります。2人の娘たちも私も、山田詠美が好きだったり。今回はたまたま、松山ケンイチ主演で映画化するという、「ノルウェイの森」を読んでみようかなあという気になり、初めて村上春樹を読み始めていたら、娘も読んでみたかった。というのです。読後感としては、母が娘に伝える本として、ふさわしいかというと微妙なところですが…。いい本だなあという気持ちのほうが強いけど、自分の中ではところどころ、「これは大人の男のファンタジーってことにしとこう。」って気持ちが拭いきれず。でもいい本だと思います(笑)


休日、友人に誘われてふらりと出掛けたら、カウンセラーの講義でした。自分はセンシティブな状態にあるわけでもないので、講師の話や、質問者の問いなどをただぼんやりと聞いているだけだったのですが、身近な人間関係について、話し合われてるにも関わらず、突然、戦争状態に陥っていく狂気についての恐怖感がありありと浮かび上がってきて、一人密かに、頭が混乱してしまいました。同席する人達は、うまくいかない親子関係や夫婦関係について真剣に悩む、善良な人達なのに、私だけが突拍子もないことを考えてる気がして、一時的ではありますが、場違いな雰囲気にいたたまれなくなってしまいました。



あとで一緒に行った友人から聞いたのですが、過去のトラウマを癒すトレーニングというものがあるそうで、こんなふうにふと浮かんだ恐怖感と対峙して、答えを出していく、みたいなプログラムらしく、私には、そんな滝行みたいな厳しいプログラムは耐えられない…。できれば、魔法使いの呪文みたいに、トラウマがポンッ!と消えてなくなるようなのがいいなあー。と思いつつ、そうか、私がこんなふうに感じたってことは、この講座はたいしたものだなあ。と、妙に感心もしたのでした。



ただ今回、確信したのは、あの時に、集団催眠のように、狂気に巻き込まれていく過去のプロセスがあり、それは現在、未来については絶対に起きてはいけない。という、自分の内面の叫びのようなものでした。思えば、太平洋戦争で兵士であった経験を持つ父が、学生時代からすでに「この戦争は絶対に負ける。間違ってる。」「だから天皇陛下万歳なんて、死ぬときに絶対言うもんか。」と心の中で訴え続けつつ、体験した戦争についてを、幼いころに口伝で教わった自分は、ある意味、マインドコントロールされているのでしょう。それは良くも悪くもあるのですが、良い意味にとれば、私には平和を守っていく義務があるのでしょう。今となっては、「父の遺言状」ともとれる、強い思いです。


心身共に、夏バテ気味でブログもごぶさた気味でしたけど、こうして浮かび上がった思いがある以上は、書くべきだなあ。と。悲しい過去は忘れようとすれば、犠牲になった人達へのレクイエムの機会も減ってしまうかもしれません。



カウンセリングはあくまでも個人的な心の問題のためにあるわけで、なにもここまで。と、思う向きもあろうかと思いますが、自分の内側の平和を保ち続けることから、外側の平和につながってくのでしょうから、手っ取り早く、内も外もいっぺんに、どちらも平和であり続けますように!と、9.11に先がけて、祈ることにします。