2012年10月21日日曜日

ソーゴレードーへ

先週末のことですが、用事があったので車で佐倉をうろつきました。
成田へ抜ける道、酒々井周辺の曲がり角に突如、ど~んと現れる門があり、
その名がずっと前から気になって仕方がなく。
「宗吾霊堂」?ソーゴレードー?なんだろ??


少し前にHPでも調べ、どうやら地元では「宗吾さま」と言われて親しまれてるようで。
門をくぐり、仁王門まで行くと、
小さな男の子が2人、お父さんと思われる男性に呼ばれながら、走り抜けていきました。

境内は、平坦でごくごく普通のお堂と庭。
どちらかと言えば、街中でこじんまりした敷地。

しかし正しくは、鳴鐘山東勝寺という名で、成田山新勝寺はここのお寺より新しいという意味から名づけられたとか。350年の歴史があるそうな。

おそらく最も古いのが、この薬師堂で、明治43年建立らしい。



すごいな~、と佇んでると掃除のおじさんがやってきて、にこにこ話しかけてきて、
なんだか、の~んびりいい感じ。



大本堂の前にはお供物用に線香が供えられてあり、
お賽銭代わりにたむけてきました。
写真は撮りませんでしたが、お堂の入り口が空いており、
声をかけたら靴を脱いで上がってもよいとのことで、中も見せてくれました。
公式HPのトップページの写真がそうです。


なんでも、この写真からも伝わってくるように、
宗吾さまとは、江戸時代 四代将軍 徳川家綱に直訴し、
身をなげうって庶民の幸せを守った方なんだそうです。
近所のお煎餅屋さんにも、名物「義民焼き」というお土産がありました。
買わなかったけど。こわれせんしか。

前後しますが、本堂より前に、門をくぐってすぐに宗吾霊宝殿という宗吾さまのお墓があり、
先にそこをお参りしました。



真中の木箱に百円を入れ、お線香の火種はこのやかんの下にあります。
祀る心も、こういう気遣いも、素朴で癒されます。

こうして、気になってわざわざ足を運んだのも、なにかの縁?

というのも、あるんだろうけれど、
なんだか、小学校の社会の授業で教わった、
百姓一揆とか、土一揆など、時を隔てて実感が沸かなかったけど、
今の世の空気だと、どこか、隔てがないようにも感じる。

もう、この世にジョン(レノン)はいないんだし、
誰かが、やってくれるだろうとか言ってくれるだろうとか、
そういうのは終わってると思う。

ひとりひとりが、おこさないと。
と、宗吾さまも言ってるのか、どうだか。








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