2012年2月28日火曜日

ライラック/ペールコーラルな道


いつの間に、腰痛持ちになってしまったのかよくわかりませんが。
いわゆる「反り腰」であったり、数年前仕事中にバイクで転倒したり、
先天的にも後天的にも、その気があるにはあるのでしょうけど。
今回も長引く寒さからくる冷え以外にたいした自覚症状はなく、
ただ「ほうっておくとあとで大変になるかもな~」という、直感に従ったまでですが。
初の鍼治療体験をしました。
場所はこちら
「光の鍼治療室Pieria<ピエリア>」
http://www.pieria-net.com/pieria/Welcome_to_Pieria.html
昨年暮れにオーラソーマハートプロジェクトで知り合った、優しいお人柄のMさんが鍼灸師さんのせいか、
マッサージぐらいの気持ちで気楽に訪問し、カウンセリング中に
「鍼と聞いただけで怖がる人もいるんですよ。」と言われて、
あ!そうか痛いかもしれないんだよねえ?などと今さら気づく始末。
でも実際、痛そうなマッサージに対するほうが、ずっと恐怖感があったし、
そもそも、一般的な外科的治療によくある電流を使う器具が大の苦手。
それに比べれば、むしろ抵抗がなかったのかもしれません。
まったくチクンとしないのが殆どでした。
カウンセリングにはコンサルテーションも含まれていて、
そのとき選んだのが
B87ペールコーラル/ペールコーラル、B45ターコイズ/マジェンタ、B98ライラック/ペールコーラル、B104イリデセントピンク/マジェンタ。
ビ―マライトペンを組み合わせたので、こちらは2番目のボトルのチョイスで。

おかげさまで、腰痛はかなり楽に。
身体の中のなにか凝り固まったものが、溶けてほぐれた感じです。
足首が柔らかく、足指もちゃんと正しく開いた感じに。

面白いのは、「凝り固まったものが、溶けてほぐれた」瞬間があったこと。
心地よくてウトウト状態のとき、いびきのような唸り声が出てしまい、自分のその声で目が覚めた瞬間、目を閉じているにも関わらず、目の前が急に明るくなり、眩しいくらいの光を浴びました。

Mさんには、しきりと
「がんばりやさん」とか
「くたびれちゃったんですね」とか囁かれ、左手の温もりとともにウルウルきそうでした。
確か、クリスタル・ヒーリングでのマリアさんにも同じようなことを言われてそのときもウルウルだったことを思い出しました。

帰り際に、コートにつけていたバッジを見て
「これThe Jamですよね。私も好きだったんです」と!!!

すっかり他人とは思えなくなりました。
Mさんありがとうございました。

ところで、前後いたしますが
サロンに辿りつく前に、寄り道。

自由が丘にはたぶん25年以上行ってなかったのだろうと思います。
かつて、旗の台で育った私は、よく家族や友人と自由が丘に遊びに行ったのでした。
東急線は今でもしょっちゅう夢に見るので、最近特に気になって仕方なく、
中目黒から自由が丘に降りたとき、
トイレタイム。と向かった先がちょうど大井町線の旗の台方面行きホーム。
まるで引き寄せられてるようで、
数分後には旗の台に向かう普通に乗っていました。
しかも先頭車両で、運転席を覗きこむとそこはまるでタイムスリップしたかのよう。
昔のままの車掌室です。
小さく、チン、チンとベルが鳴り、
その先に見える風景も、昔と変わらぬ、あの線路…。
思わずパチパチ。





そして降りた旗の台駅は驚くほど変わってない!
小さくなりはしたけど、黒板の掲示板まで、同じ場所にある。
駅前も変わらない…。踏切の向こうにはまだケンタッキ―が。通りには薬屋も文房具屋も。
夢に何度も現れる、商店街から左に曲がったところの坂道。
その先、信用金庫の社宅(まだある)を左に行くと、やはり坂道で、
登りきったところにマンションが…。
ある。なんだ、全然変わってない。同じだ~。





古い記憶が色々蘇ってくる。
子供の頃ってのは、別段明るい記憶ばかりではない。
実際ここで父は病状を悪化させたし、姉は亡くなった。
でも思い出すと辛いわけでもない。
小さな友人たちのことも、たくさん思い出す。
時間にして15分くらいの滞在。
自由が丘に戻る電車は快速で、昔の面影はありませんでした。










2012年2月10日金曜日

ペガサス周辺




満月近くなると、ボノのテンションが上がるのかも。

もう今ではすっかり、足に絡みついてのカクカク行為もなくなったし、
足腰が弱って、ころぶときも情けない姿で横っ腹を打ちつけることもしばしば。

肉体的にもまったく問題がないし、気骨のあるすばらしいオスとして生まれてきたのにも関わらず、
残念ながら今世の子孫繁栄なく終わっていくなか、
おかまいなしにパカパカ走り、モリモリ食べ。
失敗こそすれど、高い所に跳び乗る技は、むしろレベルアップしてる気さえする。

そういうときに、新発売のパヒューム「PEGASUS」のNO.11 ピンクロータスが届き、
さっそく香りを試したくてベッドの上にシュっとひと吹き。
その後、ボノはそのベッドの上に跳び乗ると、大や小を排出。
真夜中に洗濯物をして、途方に暮れすっかり目が覚めてしまった。

B11クリアー/ピンクのエネルギーが、彼にどう反応したのかな…。
確かに、ピンクロータスの香りは甘く爽やかで、その後なんだか血流が良くなるようです。
つけていった日は、元気いっぱいで仕事を早く終えて、家に帰りたくて仕方がなかったのだけれど、なんでだろ。





続けて戯言を少し。

最近、非常に眠い日が続き、また寝れば夢ばかり見ます。
わりと、くっきりした夢が多くて、何の気なしに夢の場面が思い起こされ、はっとすることもあります。
先日も非常に強烈なメッセージが残る夢でした。

以下、これはあくまでも、見た夢から受け取ったイメージにすぎません。
したがって、日常からやってきた言葉ではありません。
ですから、日頃から私が思ってることとは関係がないことだと、ことわっておきます。

異変が起きて、逃げようとすると、見知らぬ子供たちが2人、笑顔で私についてくる。
「その子たちの身体の中には、爆発物が仕掛けられてるから、急いでこの場から逃げないと!」と、
誰かが叫ぶのでぞっとしながらも、一緒に逃げる夢。

目覚めて、届いたメッセージは
「911も、311も、国そのもののカルマを取り除くために起きたこと」

双方、いっぺんにたくさんの命と安全な生活が奪われたことには違いありませんが、
なぜ、アメリカは大量テロで、
日本は大型地震と大津波と原発事故なのか

果たしてアメリカはテロ以降、今はどうなのか
攻撃から新たな破壊を生んでいるのは、いったい誰のため?
夢に出てきた子どもたちは、
おそらくずっと前に見た映画「ハートロッカー」の影響だと思われる
目には目を。
そうしていつまでたっても、カルマの解消にはならない


過去の傷みを口伝えすることを拒む人
過去の辛さをなかったことに。と忘れようとする人
言わないでほしい。
聞かないでほしい。
身近な人たちから、何度もそう言われるたび、
返す言葉も見つからずにただただ無力感に襲われる
げんに、被災現場のレポートは辛くて直視できないし
長崎原爆記も、苦しくて読み進めない

日本は被爆した
日本は敗戦した
そして未曽有の自然災害ののちに原発事故が起きた
では今回も見ないようにして、果たしてカルマの解消になるのだろうか

以上。

以下は最近知ったこと。
アメリカのイラク攻撃で使われた劣化ウラン弾の影響で、
イラクでは小児がんで命を落とす子どもが増えていて、
支援する日本の団体が、その小児がんと戦う子供たちから
今の日本、特に福島へと、支援をいただいてるそうです。

JIM-NET 「イラクと福島のバレンタインデー」
http://www.jim-net.net/










2012年2月1日水曜日

凶運さまさま


友人と初詣に行きました。

そこで引いたおみくじにびっくり。人生初の「凶」でした。あるんですね~。
そして書かれていた内容にさらにびっくり。

「三女莫相逢」
三女とは姦の字のこと。うるさく邪心ある人をいう。そういう人に近づいてはならない。
「盟言説未通」
なぜなら、こちらがどんなに誠意をもって約束したり、話したりしても、相手には一向に伝わらないのだから。
「門裏心肝掛」
門に心は悶の字。なぜ気持が通じないのかと悶え悩むばかりで、心の休まる時もない。
「縞素是重重」
こういう相手の心は布で何重にも包んだようなもので、固く閉ざされているのだ。

まさにこれ、今の状況~!!
不動明王さま、すごすぎる。

近づくなといっても、それはしょせん難しいことなので、このおみくじ、お守りと一緒に身につけてます。



 「うるさくて邪心ある人」とは、関わらざるをえないのですが、このおみくじがあればなぜか心強い。

セレナイトによる鎮痛効果?のおかげもありかな。

むやみやたらに、怒りの矛先は他人に向けないようにしたいです。
ちゃんと目標ある人は、ぴーんとぶれずに一方向に立ってるのでしょうから。