むろん、労働相談窓口を訪ねたのは初めてのこと。
長年勤めていれば、誰しも職場の不満などがないわけがなく、
まして歳を重ねて、多少は忍耐力や柔軟性も身に付いてたりもするし、
職場の人間関係で悩むなどというお年頃はとっくに過ぎてもいる。
実際、私の配属先にそんな悩みを撒き散らす人はいなかった。
勤務先の所在地が千葉市外ということで、管轄ではないと最後に告げられたものの、
昼直前の訪問にもかかわらず、窓口の対応は丁寧な印象だった。
時間にして30分くらいだっただろうか。事実を伝えたなかで、返ってきた言葉の中に
「今のところ考えられるのは労働災害法または労働安全衛生法の抵触の可能性。」
とあり、納得した。
もうこれで、相談以上の行動はとらないが、
第三者であり、専門知識があり、冷静な意見、というのを一度聞いてみたかった。
目標は達成した。
手首から脇の下まで、炎症によるかゆみと浮腫と、ひび割れによる出血と痛みがいっぺんに両腕に起き、
なぜこんな急にアトピーがひどくなったのかわからず、大晦日を迎え三が日が過ぎる。
年越しで違った日常の過ごし方もしていたし、最初は自分の身に何が起きているのかわからなかった。
徐々に腫れが引いてくると、両腕に数十か所のダニの刺し痕がある。
アトピー治りかけの弱った肌に、集中攻撃をあびた。
ダニに刺された人ならわかると思うが、かゆみは蚊の比ではない。
アトピー体質ならわかると思うが、何カ月もかけて治りかけても、再発すると、ぼろぼろになるまで坂道を転げ落ちるように悪化する。
両方いっぺんに来たら、いくら綿100%でも、皮膚の上を衣が触れるだけで、サボテンの針で刺されてるかのように痛いし、寒気がするほどかゆいし、少しの刺激で傷つき出血する。
ダニの刺し痕は深く、一か月近く針で刺したような穴が空いたまま、出血を繰り返す。
年明け、こうした状況下で月度処理に追われながら、
事務所でネズミの糞を発見する。
年末の大掃除では同じ場所に見つからなかったものだ。
すぐに責任者を呼んで掃除をし、
害虫忌避剤のスプレーを自分のイスに吹き付けた直後、
たまたま居合わせた社長が吠えた。
「俺がいるところで失礼だ」
「こんな非常識な事務員はいない、他で聞いてみろ。」
「ダニだかアトピーだか知らないが」
そのあとは、よく覚えていない。
これは自分に向けた言葉ではなく、誰か別の人間に言ってるのかと思うほどだったからだ。
頭に浮かんだ言葉は、
「ああ、これで終わったな。」
だった。
見えるもの、聞こえるもの、肌に感じるものすべて、すぐさま受け入れ難い現実があった。
この日はちょうどヘルパー2級の講座について、問い合わせをしようと思っていた日だった。
昼休憩を待たず、電話をかけてみた。
その後、社長の態度は悪化する一方だった。
会社新年会が終わるのを見計らい、辞表を提出。
会社はすぐに事務員募集の求人広告を出し始めたが、他の部署も同時募集していた。
あの日、私含めて同時に4名の退職希望者から辞表提出。
ということが後でわかった。
しばらくして、数件の害虫駆除業者の訪問調査があり、
建築業者もたびたび現れ、建物の隙間をふさぐ補修工事をしていた。
そもそもが隙間だらけの、ネズミの侵入OKの建築物だったのだ。
数週間後、初回の消毒作業があった。
しばらくして、社長から数分間の謝罪と、治療費請求書の提出を求められた。
不衛生なために、事務作業に専念できるような場所でないのは、
単に職場の環境や整備不足を問う以前に
そこにある人物像、生きざまそのものを現してるのだろうと思う。
ネズミとダニに追い出されるかのような形で、
一見、働く場所を失ったようにもとれるが、
「天の一突き」ともとれると感じている。
「教えてくれた」のかもしれないとも。
そして本当の意味で行き場を失うのは、私のほうではない。
とも感じている。